Special Interview - 3

ずっと変わらない味、という町の宝。

薩摩藩主・島津家の「丸に十の字」の家紋が刻まれた姿に、清々しい気品が漂う伊集院まんじゅう。日置市の伊集院を訪れたらこれをお土産に、と愛され続ける町の名物菓子です。町内のいろいろな菓子店で作られており、味は各店の個性が発揮されています。

ほんのりと茶色がかった餅皮が特徴的な伊集院まんじゅうは、この町の一角に店を構える「御菓子司すずき」のもの。ふっくらとやわらかな餅皮は、ほのかに香ばしく、口に入れるととろけるような舌ざわり。塩気をかすかにしのばせた切れのよい甘さの白餡とのハーモニーに魅せられて、店を訪れる人が絶えません。「御菓子司すずき」は創業90年以上になる老舗の和菓子店で、伊集院まんじゅうの名付け親の鈴木静夫さんが2代目を務め上げ、現在は鈴木さんの娘である濵田博子さんが3代目を継ぎ、味を守り続けています。店の奥にある工場を訪ねると、使い込まれた小さな木型からトントンと小気味良くまんじゅうが取り出され、規則正しく箱詰めされた後、濃緑色の紙で包装されていく様子を見ることができました。

きびきびとした仕事ぶりや朗らかな語り口から、人柄が伝わる濵田さん。伊集院まんじゅうの歴史について語ってくれました。「伊集院まんじゅうの前身となる徳重まんじゅうが誕生したのは、大正初期だと聞いています」。当時は、町の一大行事「妙円寺詣り」で人が訪れても、これといったお土産が無かったそう。そんな中、旧国鉄開通による伊集院駅開設を機に、旅館経営者だった永浜登記さんが町の名物を作ろうと発案し、菓子職人だった橋口勇七郎さんに依頼して作り上げたのが徳重まんじゅうだった、と伝え聞いているそうです。妙円寺詣りとは、関ヶ原の戦いで敵陣を正面突破して帰還を果たした第十七代薩摩藩主・島津義弘公の苦難を偲ぶために始まった伝統行事。義弘公の菩提寺である妙円寺(現:徳重神社)へ参拝するために各地から多くの人が訪れます。このまんじゅうは、妙円寺詣りの土産として広まっていきました。その後、第二次世界大戦の時代を経て、戦場から復員した鈴木静夫さんが、親戚にあたる橋口勇七郎さんの製法を掘り起こし、昭和27年にこのまんじゅうを再び製造することに。「そのときに、徳重まんじゅうよりも伊集院まんじゅうの方が、町外から来た人にはわかりやすいだろうと、父が新たに名付けたそうです」と濵田さん。万人に愛される味と地名を冠した名前で人気を博した伊集院まんじゅう。このとき鈴木さんは「戦前はみんなで作っていたのだから」という思いで、考案した名称を独占することはありませんでした。そうして、伊集院まんじゅうは町の名物として広がり、親しまれるように。まさに、皆で町を盛り上げる “ご当地グルメ”の先駆けと言えるでしょう。

昭和40年頃に製法を工夫し、現在の味になった「御菓子司すずき」の伊集院まんじゅう。子供の頃から手伝ってきたという濵田さんの代でも、変わらぬ製法で作り続けられています。「懐かしいと言ってくださるお客様がいる以上、この味を守り続けていこうと思っています」と濵田さん。保存料を使わないので賞味期限は4日、数に限りがあるので販売は店頭のみ、という方法もこのままで、と笑います。先代の鈴木さんは、98歳の今でも白衣を身に着け、工場の一角で娘達が作る様子をあたたかく見守り続けています。歴史ある町の歴史ある味。町の宝は、これからも大切に受け継がれていくことでしょう。

 

Interviewee 御菓子司 すずき
濵田 博子